ホッと一息ミルクティー

日常の疑問とその日のアウトプット

やりたいときにやりたいことを

 

 

痛い。痛い。いたい。

最近私がずっと思っていること。

 

先月から続く体調不良。

やっと胃痛が前よりもマシになってきたと思ったら次は痛みが下に転移したかのように腰からふくらはぎまで痛い。

 

昨日の朝まだ腰を曲げると痛みがあるなーくらいだったものが、夜にはもうどんな姿勢でも痛い。

ずっと痛すぎて「痛い」と言葉に出ないレベルで痛い。

寝るときも早く意識がなくなれと願うほど睡魔を待った。

仕事の疲れがあって思っていたよりは早く寝れたけれど、今日の朝起きたらもう二度寝が出来なかった。

 

 

体調不良が思いの外つづき、家では全く気遣いが出来ない。

本当に申し訳なく思う。

 

こんな痛みが自分に襲ってきてから、初めて前に住んでいた人の痛みを知る。

あの人も椎間板ヘルニア坐骨神経痛かなんやかんや持っていた。

入院したのにまだ生活で痛み続くのは個人的には過度な飲酒と喫煙が問題なんではないかと思っていたけれど、それでも痛いと言っていたときはこんなに痛かったんだなと、自分が私生活にも仕事にも支障が出るレベルで痛くなって知る。

もう少し労ってあげれば良かったな。

 

最近、痛みがなくて健康的な生活を送れることがどれだけ幸せで感謝すべき日々か考えさせられます。

 

 

常日頃「ラッキー」が口癖な私は小さな幸せで喜べる人間だけれども、痛いって思わない日々が幸せと思えるようになりました。成長。

 

そして体調不良だと心のキャパが狭くなることも。

 

心に余裕を持つってのが常日頃の目標なのだけれど、最近全く持てないから、とにかく痛みと向き合って、和らいだらちゃんと余裕持とう。

 

そして前回決めてた生活習慣を正す行動をちゃんと実践しよう。

 

とりあえず7月中に読んでない本たちを読むことを目標にしよう。

 

 

そんなことを決めた病院の待ち時間でした。

 

 

 

今年の目標

 

今年の目標は、やったことないことにチャレンジして、いろんなところに行く!

 

 

過去の記事を少しみて、今年の目標立ててないことに気付いた5月。

 

とは言っても毎年何かしらチャレンジしているのだけれど。

 

去年は、ニート、カフェのお仕事、ライターのお仕事、コールセンターのお仕事、日々の料理…今思えば当たり前の生活になってることも、一昨年の自分から考えたら全部新しい挑戦。

 

 

今年は塾の先生やりたいな。

そんでいろんなところに行きたいな。

ピアノもやりたい。

本当は引っ越してからすぐ買いたかったのにタイミング逃して、次はやりたいタイミングも逃している。

 

こういうのはやると決めた時にやるのが良いんだよなー。

 

やりたいなーって思うことはたくさんあるのに行動が伴わないのは何故だろう?

 

 

そこまでやりたいわけじゃなかったんだ、と片付けるのはすぐ出来るけど、やりたいなーって気持ちはずっとあって。

 

でも、いろんなことやりたいってのは周りの人が引っ張ってくれる環境だからとても嬉しい。

最近では玉造温泉と行ってみたかったサンドミュージアム出雲大社に連れて行ってもらった。

 

これからも、蛍とか、星とか、お花とかお茶とか、身近にいる人からお誘いがあって、ありがたいことにいろんなこと経験させてもらえる。

 

 

最近体調不良が続いて、今もお腹も腕も痛い状況だけれども、毎年5月には風邪引いたり熱出たりするからまだマシかなーと。

そして支えてくれる人がいるのも嬉しい。

病院に行ったことを心配してくれるのも嬉しい。

 

ところで胃痛の原因をググってみるとストレスってのが出たのだけれど、私は特にストレスを感じていないと思っていても感じているのだろうか?

口内炎もできたし。

 

健康的な生活習慣を今年の目標にしたほうがいいかもしれない。

 

 

今度の記事はこれについて書こう、そうしよう。

 

 

 

 

 

春の変化

 

 

私の中でたくさんの心境、環境の変化があった。

 

でも今はその気持ちを内に秘めたくて、下書きに保存。

実は下書きがたくさん増えている。

 

文章にするのは好きなのに、それを公開するほどの整理がついていなくて。

 

最近びっくりしたのは自分の感覚。

夜中の2時に寝ることになんの抵抗もなかったのに、最近0時までには寝てるせいか、「うわ、遅くなった」って思うこと。

 

習慣ってこうやって変わっていくんだろうな。

 

朝早く起きることを4月は目標にしよう。

2日目から出来ていないけれど(笑)

 

やらなくなったことが増えた。

でもきっと、気づかないところでやることが増えた。

 

「やらなくなったこと」をもう一度やりたい。

 

 

 

 

 

 

最近まで…

私には「とてもとても大好きな人」がいた。

そして、「とてもとても大事にしたい人」も出来た。

 

きっと、こんな風に自分が少し変わることで、「とてもとても大好きだった人」と「とてもとても大事で大好きな人」に変わるのかな。

変わるんだろうな。

 

それはすごく寂しいものだけれど、私の大事な人はその変化をゆっくり待っててくれる。

 

 

3年お付き合いした人、何年たっても「ああ、やっぱり好きだなあ」って思える。

でもその時、私には大事にしたい人がいて、その人は今わたしの「とてもとても大好きな人」だ、その人を大事にしたいから好きって思っても、どうこうしたいと思わない。

 

だからきっとその「とてもとても大好きな人」も、何年たっても「好きだなあ」って思っても、「とてもとても大事にしたい人」が私にいる限り、どうこうなることもない。

私があのときどうこうしたいと思わなかったように。

 

大事にしたい人って、「好き」って気持ちには簡単に勝ててしまう。

これが「愛してる」って気持ちになるのかな。

まだ芽生えたばかりだけれど、そうなる気持ちの芽なら、そりゃ「好き」って敵わないよなあ。

 

大事にしたいなって思ったのは、たくさん理由はあるのだけれど、本当に些細なことで。

 

大好きな人と前に住んでいた時、電動歯ブラシのブラシを相手のものに毎回変えてたんだよね。

でも向こうは変えることなくて。

結局私も変えなくなって。

お互い使いたいときに変えるのが一番かーと思ってたけど。

 

今、毎回私のブラシに変わっている電動歯ブラシを見て、なんか大事にされてるなって感じる。

意外とめんどくさくてね、変えるのは。

もしかしたら次自分がそのまま使うことになるかもしれないのに。

なのに、毎回私のに変えてくれる。

 

こうやって些細な日常から、行動からたくさん大事にされていることがあって。

まあ1番は他に大好きな人がいるのに、待っててくれて、支えてくれて、一緒にいてくれること。

 

この人の愛には敵わないな。

もっともっと大きくなるんだろうな。

 

たくさんの変化。

その変化をしっかり感じて、受け止めて、自分自身もやりたいことをして、変化していきたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

出会いと別れの季節になりました

 

3月。

 

気がついたら3月だった。

 

私が人魚のロゴマークのお店で働いてから1年が経った。

 

引っ越しが決まった時、一番に思ったのは、今の店舗を辞めなきゃいけないことだった。

 

一昨日、業務連絡のノートに辞めることを発信した。

案の定周りは驚いた。そして悲しんでくれた。

 

昨日、一人ひとりに向けてメッセージを書く準備しなきゃなあと、思った。

お風呂入ってるときに一人ひとりを思い浮かべながら考えていた。

不覚にも、泣きそうだった。

 

ほとんど2年ごとに仕事や環境を変えてる私だから今回は早かったなあ程度だと思っていたけれど、あまりにも濃く、あまりにも深く関わった仕事で、思っていたよりも店舗のみなさんが好きすぎて、「ああ、ここから離れるんだ」と痛感した。

 

私はちゃんと笑って卒業できるのだろうか。

 

そんなことを思った今でした。

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

 

今年は月に一度は更新していきたいなと思ってます。

 

今年は去年途中から見なくなった本を見てまたまとめたいなー

 

 

あとは、読者のターゲットを設定したちゃんとした文章の記事をここでも書いてみたい。

 

 

今年の目標を今月中に考えようと思います👏

 

 

よろしくお願いします

 

 

 

 

 

生きてるだけでありがたい、は本当は勝手な願いかもしれない?

 

 

愛知の祖父が、入院することになった。

「もしかしたら今年いっぱいかもしれない」

 

そう祖母から電話があり、急いで会いに行った。

 

大丈夫、大丈夫。

そう願いながら行ったし、会った時もそう思った

 

 

やせ細っていて、会話もまともに出来なかったけど、顔色は元気そうだった。

本人がもう死ぬと思っているけれど、下痢が治れば治るのだ。

末期でもない。

だから、すぐ退院できるように陽気に話した。

 

でも退院できても歩けない、支えが必要になる。

祖母はもう諦めている。

 

祖父は何故か祖母のことが私に伝わるくらい大好きだから、きっと、辛いと思う。

生きてることが迷惑かけてるって思ってるかもしれない。

 

でも祖母は、もう死んだ後のことを考えてる。

もちろん祖父のことが好きだ。

祖母としては、そんな辛い状態の祖父を見ていられないのだ。

早く楽にしてあげたいって思っているのかもしれない。長く付き添っていた2人にしかわからない関係だから私にはわからないけれど。

 

 

長く生きてほしいと思う私の考えはとても勝手なのかもしれないとふと思った。

長く生きても大変な思いをするのは祖母だ。

一緒に仲良く過ごせることが幸せなんだって私は思っているけれど、体力的にも精神的にも祖母も限界に近いのかもしれない。

 

そして、私はそれを支える覚悟もない。

引っ越す訳でもない、お金を出す訳でもない。

家にいても祖母には出来ないことをヘルパーさんを雇ったらできる話でも、そんなお金を出してあげれない。

 

祖母だってこれから生きていかなきゃいけない。

 

 

生きてほしい。

これはエゴかもしれない。

どうしようも出来ない。出来るけど、それをする覚悟が私にはない。

自分勝手だなって思うけれど、私には父親がいないようなものなので、きっとそれもあって、自分の人生をかけて行動までは出来ないのだ。

 

祖母の選択にかけるしかない。

そして、その選択に私が口を出すべきではない。

 

そう思って、会うことしか話すことしかできないまま、「またそのうち行くね」としか声かけられなかった。

 

 

 

ああ、なんて自分はちっぽけなんだろう。

 

考えさせられた帰省でした。

 

 

 

 

 

 

退職してから1年が経ちました

 

ふと。

一年前の今日は海外に着いた頃だなって思った。

 

海外の話書くとかいうて全然書けてないことにも気付いた。

今では気が向いたら書こうかなとか、むしろもう一回行こうかなとか、そんなこと考えてる。

 

 

最近また忙しくなってきた。

愛媛の祖母が鬱病になったり、愛知の祖父が命に関わるほど体調を崩したり。

 

前者は退院できて良かった。

今私は後者の件で愛知へ向かっている。

 

 

もちろん、今働いている職場には迷惑をかけてしまうし、今回も休みを入れ替えてもらって取れた連休なんだけど、前の仕事なら無理だった。

 

祖母の件は夏の出来事だった。

あの時もすぐにかけつけ、考え、のちに3週間の休みを取った。

 

私が行ったから元気になったんだなんておこがましい考えはないけれど、私が行った事で良くなった要素はあるはずだから、本当に行ってよかった。

 

前職だったらと考えると今となっては恐ろしい。

大好きな祖母が大変な時にすぐに会いに行けない。

いや、行こうと思ったら行けるのだ。行かない選択肢をしているのは私。

その状況を作ってるのは私。

 

だから、今会いに行ける状況を作っている自分が大好きだ。

私が私でいれることが居心地が良い。

 

 

祖母のときの話も実はブログに書いてるのだけれど、まだアップする気になれず、あたためてる。

特に意図があるわけではないけれど。

 

 

 

 

一年前を振り返って自分を比べると、私は去年の私は好きになれない。

細かくいうと、辞めたと決める前の私。

 

自分を大事に出来ないと他人も大事に出来ない。

その意味がようやくわかる。

 

だから自分を大事にするっていう事が意味を履き違えているのね。

何事も自分を優先して良いとは違う事なのに。

 

なんていうんだろうな。

人のことをしっかり見れるようになる。

だから助かることも出来るし、気にかけることも出来る。

 

自分を大事にしていなかったら、そんな余裕は生まれない。

 

 

これが大事にするってことなんだろう。

余裕が出来るから人を大事に出来る目が向けられる。差し伸べられる。

 

去年の私には到底無理。

自分のことで精一杯。そのくせ、他にもやってる人はいる頑張ってる人はいる自分なんてまだまだなんて。

それこそワガママだし自分に対する暴力だ。

 

他の人と比べる必要なんてないのに。

私は私の人生を生きているのだから、私の「頑張る」の限界は比べるものでもなのに。

 

あの時の自分は自分自身がまだまだ頑張れてないって思ってた。反面、精神的にも身体的にも限界を感じていた。

 

今振り返ると、十分私は頑張っていた。

頑張りすぎていた。

今すぐ過去の私に優しくしてあげたい。

もう今の私は戻っても頑張れないし頑張る気もないし、戻る気もない。

 

どうやって休んでいたんだろう。

身体は休日に休めていたのかもしれないけれど、精神的に休んだことはあったのだろうか。

 

昔のことを考えてもキリがないからそんなに考えないけれど、やっぱり私は頑張っていた。

 

 

でも、今の私が頑張れてないかっていうとそれは違う。

そもそもあまり頑張る感覚がないのだ。

楽しくて。

あるとしたら、新しい商品の前後。あとは土日とかの激混み時やクローズやオープンの体力。

 

最近初めたPRライター職の〆切までの追い込み。

それすらも、楽しい。

 

休みの日に休めることも幸せ。

仕事のことを考えなくて良い。

何も気にせずアニメ観れるゲームできる本が読める料理ができる。

 

なんて幸せなんだろう。

 

機会があればもう少し心境の変化をつらつら書きたいところもあるけれど、去年について今話したくなったから書いた。

 

去年脱サラして海外に行った私は、一年たっても後悔はなく、むしろその選択をしたことで、とても自分を大事に出来ているし、幸せだ。

 

それを伝えたくて、書きました。

 

 

 

 

これからも自由にブログは書き続けるので、これからもよろしくお願いします。